今から15年前の2007年5月、新潟市水道局に勤めていた男性職員(当時38歳)が、上司からのいじめを苦にして亡くなりました。男性の死は「公務災害(公務=仕事が理由の災害)」と認定されましたが、その後も職場である新潟市水道局はいじめ・パワハラを否定。遺族が水道局に損害賠償を求める裁判を起こしています。
この裁判の判決が今日11月24日、新潟地裁で言い渡されます。判決に先駆けて、これまでの経緯を簡潔にまとめた記事を、弁護士ドットコムニュースに書きました。ぜひお読みください。
新潟市水道局「いじめ自死」、公務災害が認定されたのに職場は否定のまま 遺族の裁判の行方
もっと詳しい経緯は本サイト「ウネリウネラ」の過去記事で読めます。→過去の記事一覧
本稿では、この裁判の主な争点について、筆者(ウネリ)が思うところを書いておきます。
裁判の争点は?
亡くなった男性の遺族が、新潟市(実質的には新潟市水道局)を訴えた裁判です。
遺族側の主な主張は以下の2点です。
①係長によるいじめがあった。
②男性は初めての業務を命じられ、困難な業務なのに十分な引き継ぎや指導がなく、精神的に追いつめられていった。
①「係長のいじめ・パワハラ」については、これまでも書いてきました。第三者(地方公務員災害補償基金)が「ひどいいじめがあった」と指摘し、公務災害を認定しました。それなのに水道局は、内部調査のみで「いじめはなかった」と断定し、遺族への損害賠償を拒否しました。
この時の水道局の対応のまずさが、今日まで15年越しの裁判が続いてしまった最大の理由の一つである。筆者はそう考えています。
それはともかくとして、水道局側は裁判においても「いじめ・パワハラ」を否定しました。裁判所がこの点をどのように判断するかが注目されます。
次に②「困難な業務と支援の欠如」という主張についてです。
亡くなった男性は当時、係長から、給水装置の修繕工事を行う時に必要な「単価表」という資料の改訂作業を任されていました。この単価表作成は男性にとって初めての仕事でした。
この仕事はとても難解で、初めての人が一人でこなすのは困難だった。それなのに、前任者からの引き継ぎはほとんどなく、上司である係長からの指導・支援もなく、男性はどんどん精神的に追いつめられていった――。というのが遺族側の主張です。
この点についても水道局は「複雑・困難な業務ではなく、引き継ぎも適切におこなわれ、上司や同僚からのフォロー体制も整っていた」として、遺族側の主張に反論しています。
以上がこの裁判の争点です。裁判所の判断は、明日以降に詳しく紹介したいと考えています。
筆者の考えを少し
①「いじめ・パワハラの有無」と②「困難な業務・支援の欠如」。遺族側はこの二本柱で、水道局側の責任を追及しています。筆者は、今後の「職場のいじめ・パワハラ事件」をなくすためにも、またはすでに起こってしまった事件の責任をきちんと追及するためにも、争点①だけでなく、②について裁判所がどう判断するかも重要だと思っています。
「困難な業務を課す」「支援の欠如」もパワハラである
厚生労働省がつくるパワハラ6類型は「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」の六つです。このうち「過大な要求」の一例として、「十分な指導を行わないまま、過去に経験のない業務に就かせる場合」というのが挙げられています。また、”難しい仕事を急に振られて誰も助けてくれない”という状況は、本人にとっては「人間関係からの切り離し」と感じられる場合もあると思います。
そういった意味では、遺族側の主張②「困難な業務と支援の欠如」も、職場(特に係長)から男性へのいじめ、パワハラ、ハラスメントを争う主張だということになります。
この点の理解が、もっと世の中に浸透してほしいと思っています。パワハラは、殴る蹴るなどの「身体的な攻撃」や、大声で罵倒するなどの「精神的な攻撃」だけではありません。幅広く、相手に害を与えたら、それはパワハラだと筆者は考えています。この点を忘れなければ、職場のいじめ・パワハラはもっと減ると思います。
「ピンポイントの立証」の難しさを補う
一般的な話として、いじめ・パワハラをどのように立証するか。これは非常に難しいです。「殴る蹴る」「大声で罵倒する」など、明らかな暴力行為については、同僚たちの証言も期待できることでしょう。いつ、どこで、どんなことをしたのか。具体的な証言も可能だと思います。
しかし、「無視する」「冷淡な態度であしらう」など、あからさまではない隠微な方法での嫌がらせが続いていた場合、どうでしょうか。「●月×日、AさんがBさんにこんなことをした」というような証言を得るのは簡単ではないと思います。
なにしろ、断続的に、毎日のように、嫌がらせ行為が続く状況です。「いつ、どこで、どんな」は、本来あまり重要ではありません。しかし、労災認定の場では、あるいは法廷では、「いつ、どこで、どんな」が聞かれるでしょう。そのような形で事実認定を固めていくことが求められます。
ピンポイントで「いつ、どこで、どんな」を証明するのが難しい。そんな場合に、「困難な業務を課された」「支援が欠如していた」などの主張との合わせ技で打開していくのだと考えると、少し道が開けるように思います。
実際の職場では、「具体的ないじめ・パワハラ行為」と「困難な業務」「支援の欠如」などの組み合わせ、ある種の相乗効果で、被害者への攻撃が強まっていくことが多いのではないでしょうか。
「加害者が被害者に悪感情をもつ(=パワハラ感情の萌芽)」→「仕事の割り振りなどで意地悪をする」→「被害者が十分に仕事をこなせない」→「ミスにつけこんで加害者が叱る、嫌がらせをする」→「”仕事がこなせていない”という大義名分があるので、被害者本人も同僚たちも抗議しづらい」→「被害者が精神的にダメージを負い、ふだんはできる仕事もこなせなくなってくる」→「加害者からの攻撃がさらに強まる」。こんな流れです。
実態としてそういう流れがあるのだったら、それをそのまま認定してもらいたい。「いつ、どこで、どんな」というピンポイントの証明が難しい場合に、「困難な業務」「支援の欠如」という”大きな流れ”で、その空白部分を埋めるという感じです。
何やら専門家のふりをして、分かったようなことを書いてしまいました。なぜこんなことを書いたかというと、「ピンポイントの立証」が難しいばかりに、労災認定されず、裁判で涙をのむご遺族をたくさん見てきたからです。
起きてしまったことへの責任追及がきちんと行われなければ、同じことがまた起きてしまいます。そうならないことを筆者は祈ります。まずは今日の判決を注視したいと思っています。
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