深呼吸できる場所

 息がしづらい時がある。安静にして、ゆっくりゆっくり呼吸を整えようとしても、どこからか空気がぷすぷす漏れていくようだ。細かい穴がたくさん開いた風船みたいに、小さな傷がついた自転車のタイヤみたいに、いくら空気を送り込んでも、いつのまにかぺしゃんこにしぼんでしまう。それが私だ。

 身近な人の深い愛情や献身の手当てが、無数にあいた細かな穴を即座に塞いでくれるとは限らない。これが厄介なところだ。ただこれまでの経験から言って、気づいたらぺしゃんこになっているのと同じように、気づいたらごく自然に息ができるようになっている。いつかいつの間にか「トンネル」を抜けているのだ。

 ところが今年は、呼吸の浅い時期がずいぶん長く続いた。食事もうまく摂れなくなり、もう限界だと思った時ふと「誰かに会いにいったほうがいい」と感じた。家を出て、少し離れたところにいる誰かに、自分の足で会いにいくのだ。理由はわからないが、これはほとんど必須のことに思えた。

 会いに行く人もすぐに思い浮かんだ。フラワースタイリストのnonnoさん。彼女とは映像歳時記『鳥居をくぐり抜けて風』の上映イベントを通じて知り合い、以来親交を深めている。

 現在は、私が新聞記者時代に遭った性暴力被害について綴った「通信UNERIUNERA」の読者の方々との「小さなお話会」のコーディネーターもお願いしている。私の心身の負担を少しでも軽減しようと、いつも最大限の配慮をしてくださっている。

 はじめての「お話会」を開いた後、私たちの活動を支援してくださる人たちの協力も得て、会の参加者へnonnoさんが制作したガーベラの花束を贈った(私自身もいただいてしまった)。nonnoさんは参加者ひとりひとりに好きな色やイメージを丁寧に聞き、それに合わせてアレンジを作ってくれた。私は「赤中心に、元気な感じで」というようなことを言った気がする。

お話会参加者への花束

 後にnonnoさんに聞くと、ガーベラを採花した場所はとても素敵な場所だという。私はnonnoさんに会い、その場所へ連れて行ってもらおうと思った。

早速nonnoさんに連絡すると、すぐに了承してくれた。フラワースタイリストにとって、クリスマスシーズンや年末年始はとても忙しい時なのに、限られたお休みの日を私のために割いてくれた。ご自宅で美味しい手料理や温浴、あたたかなベッドも用意してくださり、静養を兼ねた一泊旅行となった。

 お花を摘みに行ったのは二日目。良く晴れた、気持ちのいい朝だった。散歩をしてnonnoさんも私も大好きな昔ながらのお米屋さんでおにぎりを買い、バスに乗り込んだ。車窓から見える景色が、市街地から住宅地へと移り、次第に乗客も少なくなっていった。やわらかな日差しとバスの揺れが心地よかった。

 住宅地を縫って坂道を上り、少し小高いところでバスを降りた。バス停からすぐのところにその場所、「仙台ローズガーデン」が見えた。広々とした敷地には、カフェやガーデンショップ、温室などいくつかの建物があり、芝生に置かれたベンチに座ると、山なみや周辺の景色が広々と見渡せる。

 挨拶もそこそこに、さっそくガーベラを摘む温室へと案内してもらった。行く途中にたくさんのスタッフの方々が声をかけてくれた。「こんにちは」「ようこそ」「初めての人?前にも来た人?」みなさんそれぞれに、私たちをとても歓迎してくれていると感じた。

 温室へ行くと、ひとりの女性が静かに丁寧に、花の摘み方を教えてくれた。なるべく根元に近いところで切ること、花が開ききったものを採ること、花の中心がきれいなドーナツ型のものがおすすめであること。説明が終わると彼女はにっこり笑って鋏を手渡してくれた。

 ガーベラはどれも本当に美しかった。原色が好きな私だが、その日の当たる温室では、不思議と淡い色の花に目がとまった。先ほどの女性の説明を思い出しながら、丁寧に鋏を入れた。温室の端から端まで、私は夢中で花を摘んでまわった。

 気がつくと遠くからnonnoさんが写真を撮ってくれていた。

「本当にいい顔してる。麻衣さんのこんな顔見るの、初めてよ」

 温室の中央に置かれた長机に、たくさんのスタッフたちが集まっていた。私たちが摘み終わるのを、ゆっくり待ってくれているのだ。わからないことがあれば、なんでも教えてくれる。ようやく気の済んだ私はnonnoさんに促され、彼らのいる長机に向かった。そこでは、1本1本の花にフラワーキャップがかぶせられる。花びらが落ちてしまわないように保護するためだ。

「長さはどうしますか?」
「おまかせします。どうするのがいいでしょう」
「では短いものに合わせて切ります」

 その作業中にも、スタッフの方々がいろいろ教えてくれた。あまり水をあげすぎると根腐れしてしまうことや、毎日少しずつ切り戻すこと、約40品種3千株のガーベラが温室にあること、食べ物や飲み物の名前がついたユニークな品種があること……。どれも興味深く、楽しいお話だった。

 深い深い深呼吸をして、私たちはローズガーデンをあとにした。高鳴る胸が、パンパンに膨らんでいた。

 体からヒューヒュー空気が漏れる音は、もうしない。

温室に少しだけ咲いていた薔薇の花

仙台ローズガーデンHP↓
https://s-rosegarden.com/

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