遺族勝訴の判決が確定してから1か月が経とうとしている。遺族と新潟市水道局の間では今後についての話し合いが継続中である。遺族Mさんの今の気持ちを紹介する。
妻Mさんの気持ち
意外だと思うかもしれませんが、夫は水道局の仕事を「天職だ」と話していました。
「水道局は人間関係がすごくいいんだよ」。夫は結婚前からしばしば私にこう話していました。前に勤めていた横浜の会社は人間関係がぎすぎすしていたらしく、水道局に転職できたのをとても喜んでいました。
そもそも私と夫は、水道局の仕事を通じて出会ったのです。当時私は新潟市内の水道工事店に勤めていて、ほとんど毎日のように水道局へ通っていました。工事の申請書を提出すると、職員の方が間違っているところを教えてくれるのです。実際の工事現場に来てもらうこともありました。親切に対応してくれる職員の方々の一人に夫がいて、交際が始まったのでした。
夫と同僚の方たちはいつも楽しそうに話していましたね。「昨日の競馬は勝った?」とか、「今度の夏休みはどこへ遊びに行くの?」とか。仕事の合い間に和気あいあいと話していたのをはっきりと覚えています。私は結婚を機に水道工事店を辞めましたが、その後も、仕事や職場についての愚痴を聞いたことはありませんでした。むしろ夫は水道局の仕事に誇りを持っていたと思います。
上の子が1、2歳だった頃のことです。夏の暑い日でしたので、自宅の玄関前で水遊びをしました。ビニールのプールに水をためると、子どもは水をパシャパシャやって喜んでいました。その姿を見た夫は嬉しそうにこう言っていました。「おう。楽しそうだな。どんどん遊べ。パパたちがいっぱい水を作ってやるから、どんどん遊んでいいぞ」。子どもにこう言っていたのも覚えています。「お前は水が好きなんだな。一緒に水道局で働くか? おれが紹介してやるぞ」。
ビール好きだった夫は、忙しい仕事が一段落すると一人で祝杯をあげました。スーパーに行く時、「今晩は1本追加していい?」と私に聞くんです。「いつダメって言ったのよ」と私が言い返すと、にこにこ顔でいつもより多めに缶ビールをかごに入れました。それを飲みながらバラエティー番組を見て大笑いするのが彼の祝杯でした。
夫が「天職だ」と言うのには私も同感でした。まじめで、噓をつけず、ずるいことができない性格の人でした。水道局の仕事は合っていたのではないかと思います。私も出入りしていたので、職場の雰囲気はよく知っていたつもりです。いいところだなあと私も思っていました。職場の厚生会の旅行にも家族ぐるみで参加していました。
でも、亡くなる数カ月前だったでしょうか。「係長に完全に干された」、「何を聞いても怒られる」と、悩んでいた頃のことです。帰宅した夫は頭を抱えてこう言いました。「今おれが働いているのは、Mが見ていたような職場じゃないんだ。あんなじゃないんだよ。雰囲気が悪いんだ。これはきっと、誰か一人が悪いんじゃなくて、組織が悪いんだ」。
その時私は何も言えませんでした。
裁判が終わりました。
私は今、すべての闘いに終止符を打って、水道局のことを信じてみたいと思っています。
新潟地裁の判決には不満な点もありましたが、控訴期限ぎりぎりまで悩んだ末に「控訴しない」と決めました。その時私はすべての争いに終止符を打ったつもりです。今は一日も早く、水道局の方々と握手をしたいのです。水道局からいじめがなくなり、風通しのよい職場になるように、一緒に頑張っていければと思っています。
誤解されてしまっているかもしれませんが、最初から私は、争いを望んでいたわけではありませんでした。ただ、謝ってほしかった。でも、水道局の方は謝ってくれなかった。だから争いを起こさざるを得ませんでした。水道局の方にも、労働組合の方にも、「争いが目的ではない」という自分の思いを幾度となく伝えてきたつもりですが、伝わらなかったのは私の力不足だったと思います。残念です。裁判が終わった今、もう一度、「争いが目的ではない」と伝えたいです。
私たち遺族と水道局は交渉を続けています。私たちが求めているもので大きいのは、「謝罪」と「再発防止に向けた協議」ですが、「謝罪」については水道局と意見が異なっています。水道局は「組織のトップである水道局長が謝る」と言っています。私たちは水道局長だけでなく、新潟市長の謝罪を求めていますし、夫が遺書で名指ししていた係長にも謝ってほしいです。
でも、謝罪とは、そもそも一体どんなものなのでしょうか?
謝罪とは本来、真心のこもった、自発的な行為ですよね。少なくとも私たちが求めているのはそういう謝罪です。水道局は今回、「裁判に負けたから謝る」と言っているのですが、それは本当の意味での謝罪ではないように思います。
そういう意味では私たちも矛盾しているのです。謝罪の強制は嫌だと思いながら、「裁判に負けたんだから謝罪してください」と求めているのですから。
謝れ、謝らない。そんな争いをやっても意味はないと思っています。そんな争いの末の謝罪では、天国の夫は笑顔にならないでしょう。
でも、やっぱり私には謝罪を求める気持ちがあります。
裁判で勝っても、現実において夫は帰ってこない。だからせめて謝ってほしいと思います。謝っていただくことが、すべての始まりだとも思うのです。謝ってもらって、そのうえで私たちが始めたいのは、話し合うことです。
夫をなくして、私たち家族はとても、とても苦しんでいます。私と二人の子どもたちだけではありません。夫のご家族も、私の親も、同じように苦しみました。家族だけではないでしょう。夫の友だちも、水道局の同僚の人たちも苦しんだと思います。みんなの生活ががらりと変わり、悲しみや苦しみを抱えて生きていかなきゃいけない。夫の命が奪われてどのくらいの人が苦しんだのか、本当に分かってほしいんです。
ひとが一人亡くなると、みんなが苦しみます。だから二度とこんなことは起こらないでほしい。安心に働ける社会にならないと、子どもたちが安心して生きられません。夫の命はもう帰ってこないけれど、せめて二度とこういうことが起こらないようにしたいです。
再発防止です。
どんなことが必要なのか、私にはよく分かりません。夫がなぜ亡くなったのか、どうすれば防げたのか、少なくともそのことは徹底的に考えなければいけないと思います。遺族としてずっと関わっていきたいです。組合、水道局の当局と労働組合との話し合いに交わらせていただいて、話し合いを続けたいと思っています。
一発でポンとよくなることはないでしょう。たとえ再発防止策ができたとしても、それを継続的に実施できるとは限りません。たとえば夫の命日の5月8日を安全の点検の日として、毎年話し合いを行うことはできないでしょうか。そうやって人が亡くならない職場であることを常に確認する必要があると思っています。
水道局の方々とは、長い、長い、お付き合いをしていきたいのです。夫は亡くなってしまいました。永遠に帰ってきません。だから私にとっても、水道局から二度と犠牲者を出さないことは、永遠の課題なのです。自分の命がある限り、関わっていきたいと思っているところです。もちろん、その話し合いをけんか腰での争いにするつもりはありません。お互い歩み寄りながら、手に手を取って進んでいきたいです。
そうした長い長い話し合いの出発点として、「謝罪」があるのだと思っています。謝罪は終点ではなく、出発点にすぎないということです。
私たちは水道局に対して、「市長に謝ってほしい、係長にも謝ってほしい」と伝えています。水道局がこちらの求めに100%応じてくれるかどうかは分かりません。でも、水道局からの返答がどんなものでも、私は受け入れようと思っています。そこから話し合いが始まって、話し合いが続く中で、水道局の方々も私たちも、変わってくるところがあるのではないでしょうか。
夫が亡くなって15年、「水道局には人の心がない」と思ったことが何度もあります。けれど、今は違います。闘いや争いごとは終わりました。水道局は人間の姿に戻ってくれると思っています。
もともと夫は水道局の仕事を「天職だ」と話していました。職場の仲間の方々とも心から楽しそうに話していました。
元気だった頃の夫が話していたように、私も水道局の方々と話をしたいのです。
私は水道局の方々の心を信じています。
(以上)
コメント
なんとも切ない思いで、真っ当な奥様の気持ちを拝見しました。ありがとうございます。
奥様が求めておられるのは、人としての、ただ心を込めた「謝罪」の言葉であって、水道局に単に責めや攻撃をして、罪をなすりつけているのではないと感じました。
天職だと水道局を心から愛し誇りにしていた旦那様の死をなかったこととしたり、型通りに謝って、ちゃんちゃん!と丸く早くおさめたい(今、政治でも同じですね)その姿勢が見え隠れするので、耐え難いお気持ちだと思います。旦那様を死なせてしまった、救えなかったことで責めているのはご自身だと思うのです。
信田さよ子さんは、加害者には「謝罪責任」「説明責任」「再発防止」のこの3つが必要と述べてます。
何でもその人の「自己責任」に転嫁して、事が明らかにされない社会の風潮に胸苦しさを感じています。
penguinstep