生まれてこないほうが良かったのか?

 10月15日に、哲学者の森岡正博さんの最新刊『生まれてこないほうが良かったのか? 生命の哲学へ! 』(筑摩選書)が刊行されました。

 私はこれまで森岡さんの哲学から学ぶものが非常に多く、それをもとに考えることが「生きる糧」ともなっているのですが、そのあたりのことを語ると長くなるので、今回は割愛します。

 先日ウネリが「ベネター著『生まれてこないほうが良かった』を買ってみる」という記事を書きました。

 ウネリも私も、「生まれてくることは例外なく悪いことで、人類は出産をやめることにより段階的に絶滅していくべきだ」とまで踏み込んでいるベネターの論にはしっくりこないところもあり、微妙な表現に終始した記事にとどめました。

 ただ、自分たちなりに少しずつ勉強していくうち、ひと言に「反出生主義」といっても、そこにはかなりグラデーションがあるようだということがわかってきました。私自身も「私は反出生主義ではない」とはっきりとは言えません。

 そもそも「生まれてこないほうが良かった」という思想は現代に突如としてあらわれたものではく、古代から現代に至るまでさまざまな文学や哲学、宗教などにおいてみられる、人類2500年の歴史をもつものだと森岡さんは指摘します。

 今回の本の中ではそれら(古代ギリシアの文学、ブッダの原始仏教、ゲーテ、ショーペンハウアー、ニーチェなど)の思想を取り上げてひとつひとつ丁寧に掘り下げながら、「反出生主義」とは何かを明らかにしていきます。そうした考察の積み重ねを通じ、ベネターの提唱する「反出生主義」を乗り越え、「誕生肯定」(「生まれてきて本当によかった」と深く肯定できること)を打ち立てていくというのが、森岡さんのアプローチなのだと思います。

 森岡さんは、本の中でこのように述べています。

「生まれてきたこと」も肯定できず、「生まれてこなければよかった」と思うことも肯定できないとしたら、私はいったいどうしたらいいのか。一つの可能性は、「生まれてこなければよかった」という暗黒をいったんくぐり抜けることによって、その先に「生まれてきて本当によかった」という光明を見ようとする道である。

『生まれてこないほうが良かったのか?-生命の哲学へ!』(筑摩書房)より

 私はこうした森岡さんのアプローチに希望を見出したいような思いを抱いています。

 先にも書いたように、私は自分自身が「反出生主義でない」とは言い切れません。自分の中にも「生まれてこなければよかった」と思ってしまう部分があるし、「生まれてきて本当によかった」と心からは思えないところがあります。でもどうにかして、いつかは自分の生を肯定したい。「生まれてきて本当によかった」と思えるようになりたいという願いも心の奥深くに、確かにあるのを感じています。

 そのために、自分自身とも他の誰かとも対話し続け、考え続けていくことをあきらめないでいたい。そうすることで見えてくるものが、そうすることでしかたどり着けないところがあるように思うのです。

 「反出生主義」については近年、国内でも急速に広がりを見せているような印象があります。「反出生主義」を手がかりに、生命について探求することは尊いことだと思います。

 一方でこの問題に関しては、考え方の違いをめぐる貶め合いなども見られ、悲しくなります。そういうことは本当にやめてほしいという気持ちです。

 森岡さんの哲学の本は、とても深い内容を扱っていても非常に平明な表現で書かれていて、哲学を専門としない人たちに向けても開かれていると感じます。まだお読みでない方はぜひ。

 

コオロギ

 この夏のある日のこと。

 学校帰りの長男が、虫カゴを片手にぶら下げていた。

 カゴの中をのぞくと、小さな虫が一匹いた。雑草や枯れ葉のすき間に、黒ずんだべっこう飴のような色をしたそのからだを、潜りこませていた。

「コオロギだよ。友だちと空き地で捕まえたんだ。学校の近く」

「ほんとだ。コオロギだね。うちで飼いたいの?」

 わたしは小さい頃カエルやカブトムシを飼い始め、ろくに世話もせずに死なせてしまったことがある。それ以来、自分に生き物を飼う資格はないと思っている。家でもしばしばその話をして、子どもと虫捕りをする時は、いつも捕ったそばから放すことにしている。子どもたちも軽々に「飼う」とは言わない。

「ううん。せっかく捕まえたから虫カゴに入れてきたけど、すぐにかえしてあげる」

「そうか。それがいいね。でも、できれば同じ場所にかえしたいよな。明日、学校行ったときにかえしてくればいいよ」

「うん、わかった」

 そんな会話をした後、長男は虫カゴをリビングの適当なところに置き、宿題やら工作遊びやらをしはじめた。自分がつれてきた虫を気にかける様子はなかった。

 福島に住んで以来、家のまわりの原っぱに行けばバッタやコオロギはいくらでもいる。あまり珍しいものでもない。下の子ども二人も、少し眺めただけですぐに飽きてしまい、虫カゴは部屋のすみに置きっぱなしになった。

 この小さな虫が我が家のヒーローになったのは、この日の晩、空が濃墨の色に染まった頃だった。

 ちょうど夕ご飯を食べ終わる頃、「リリリリリリ」という音がした。お盆を過ぎた頃だから、窓を開けば虫たちの声はひっきりなしに聞こえる。エアコンをつけていたけど、どこかの窓があいていたかな。でも、少し違うぞ。不思議と少し、クリアな音がするのだ。子どもたちと首をかしげていると、数分後にまた、「リリリリリリ」がはじまった。

 そうだ!

 虫カゴにみんなの視線が集まる。子どもたちがはじけるように「鳴いてる!」とさけんだ。でも、そのさまを凝視しようと虫カゴを取り囲んだ頃には、鳴き声はやんでしまっていた。

 その後もコオロギは家族の不意をつくように鳴いた。鳴き続けるということはなく、長くても十秒くらい。子どもたちが取り囲んでいるうちは鳴かないけれど、目を離すと、「リリリ…」が始まる。子どもたちは興奮してしまい、その夜は布団をしいた子ども部屋に虫カゴを運び、枕元において寝た。

 でも、コオロギがわが家のヒーローになったのは、この日限りだった。

 乱暴に小さな虫カゴに押しこまれ、弱ってしまったのだろう。翌朝からコオロギはほとんど動かなくなった。学校に行く時、長男は虫カゴを持っていかなかった。下校後も「すんでたところにかえしたほうがいいんじゃない?」と声をかけたが、長男は生返事で動かなかった。ただ、何か気にかかっているのだろう。ふだんはおしゃべりな長男が、少し黙りがちだった。出かけるのが面倒なだけなのか。その日も鳴き声を聞きたくてうちに置いておきたいのか、わたしには分からなかった。いらいらしたが、子どもの反応を待つことにした。

 その日の晩、居間に「リリリリリリ」という声は響かなかった。コオロギは動かなくなっていた。わたしは口調を強くして長男を叱った。

「ぜったい、今日じゅうにかえしなさい」

「はい……」

 真っ暗だったので、二人で出かけた。学校の近くの空き地までは2キロくらいあり、夜ふけに歩くのはしんどかった。「家の近くのところで、がまんしてもらおうね」と言うと、長男が「うん…」と答えた。それ以外、話すことはなかった。

 家のまわりには空き地があちこちにある。少し歩いて、その中でも下草が生い茂り、虫がたくさんいそうな場所にかえすことにした。

 「自分でお別れしなさい」と、わたしは突き放すように言った。こわがりの長男はおっかなびっくり、街灯の光がほとんど届かない原っぱの中に足を踏み入れていった。虫カゴのふたを開け、詰めこまれた葉っぱや草とともに、コオロギを土にかえした。

 そのとき、長男は小さな声で言った。

「バイバイ……」

 そのコオロギにだけ届けばいいという、小さな声だった。あたりが静まりかえっていたので、わたしも聞きとることができた。

 その声を聞いてわたしはとても安心した。長男に小さな生き物を弔う気持ちがあることを確かめた気がした。二人で真っ暗な草っぱらに手を合わせ、家に帰った。

 心が軽くなったのだろう。帰り道、長男は少し話した。

「おれ、悲しかったっていうか、後悔したんだよ」

「どうして」

「だって、おれがコオロギの自由を奪っちゃったから」

「そうだな」

 手をつなぐと、長男の手はふっくらとしていた。

その日は窓を開け放して寝た。月がきれいに出て、虫たちの大合唱が聞こえる。マツムシ、スズムシ、そしてコオロギ……。


 「弔う」=「とむらう」。

辞書を引くと、「訪う」という言葉とともに書いてある。

 人は、生きている相手を「訪う」のと同じように、死んでしまった人を「弔う」のだ。古い友人に「最近、どう?」と語りかけるのと同じように、もう帰らぬ人に語りかけるのである。ロックミュージシャンでもなければ、死者に向かって語りかける声は小さく、あるいは心の中にとどまって音量をもたない。

 だから「黙祷」という言葉がある。

 いずれにしても、心の中に死者に語りかける言葉がなければ、すべての弔う行為は意味がない。そこに「弔意」はない。

 そして、その言葉はその人自身の心から自然と芽生えてくるもので、誰かほかの人が無理やり引き出すことは、けしてできない。

うれしいこと

 ウネラです。今日はうれしいお知らせがひとつ。

 以前ウネリが取材させていただいた福島市の歌人、齋藤芳生(さいとう・よしき)さんの歌集『花の渦』が、第7回佐藤佐太郎短歌賞を受賞されたとのことです。おめでとうございます。

 本当に素敵な歌集なので、未読の方はぜひこの機会に手にとってみてください。

 齋藤さんの歌は私たちにとっては、福島の地との出会いの歌でした。いま齋藤さんの歌を読んでいても、ここに越してきたときのことが、ありありと思い起こされます。

 記事にも書いた通り、私たちは福島とどう関わるかを模索していました。今もそうです。

 短歌や俳句のようなごく短い詩のことばのなかに、この地に住む人たちの声のようなものが、凝縮されているのではないだろうか。外から来た私たちでもせめて、そうしたものにそっと触れて何かを感じ取ることができないだろうか。そんな気持ちでした。

 

 その後身辺があわただしかったことなどもあり「福島の歌人・俳人たち」という企画が止まってしまっていましたが、近々第二回記事を出すつもりです。

 次回は「俳句」編。

 素敵なご縁に手繰り寄せられるように先日直接お目にかかることができた、憧れの俳人の方のことを書かせていただきたいと思っています。

 齋藤さん、改めて受賞おめでとうございます。感謝を込めて。

 

【お知らせ】過労死を防ぐためのシンポジウムでお話します

 11月(一部地域12月)に全国各地で「過労死等防止対策推進シンポジウム」(厚労省主催)が開かれます。そのうち、北海道福島埼玉山梨の4会場で、牧内昇平(ウネリ)がお話する機会をいただきました。多くの方々に参加していただきたく、以下ご案内いたします。


 過労死の取材をはじめて9年になります。もともとは、私自身が「働きすぎ」で家族につらい思いをさせてしまったことがきっかけでした。そして取材を通じ、過労死が「誰の身にも起こる問題だ」という実感を得ていきました。

 シンポジウムでは、取材を通して知った「過労死」の実態や、過労死を「自分事」ととらえた私自身がどのように働き方、暮らし方を変えていったかを話したいと思います。「ハラスメント」の問題も、現代の職場では「働きすぎ」と同じくらい深刻です。このことについても話します。

――過労死・ハラスメントは誰にとっても「自分事」。そのことを一人でも多くの人に知ってもらうため、シンポジウムには労務に関わる人たちだけではなく、どうか幅広い層の方々に来てもらいたいと思っています。身近に仕事で疲れている家族がいるという方や、学生のみなさんや子どもたちにも、この問題のことをお伝えしたいのです。

 そのために私から一つ、お約束します。それは、「難しい話は一切しません」ということです。わかりにくい法律や統計の話はしません。子どもたちがわかる言葉でしゃべります。それが、「専門家」ではなく、「記者」としてこの問題にかかわる私の役割だと思っています。

 シンポジウムには毎年、大切な家族を過労により失った遺族の方々が、痛切な声を寄せてくださっています。その声を、できるだけ多くの人たちに聞いてもらいたいと思っています。


 各会場の日程と講演内容、チラシなど詳細は以下の公式HPからご覧ください。。

https://www.p-unique.co.jp/karoushiboushisympo/

インターネット、FAXでお申し込みできます。

●牧内昇平参加会場 ※会場名からチラシにリンクします

【福島】

(日時)11月10日(火)14時~16時(受付13時30分~)

(会場)福島テルサ3階 あぶくま(福島市上町4‐25)

【埼玉】

(日時)11月24日(火)14時~16時30分(受付13時~)

(会場)ソニックシティビル棟4階 市民ホール401(さいたま市大宮区桜木町1‐7‐5)

【山梨】

(日時)11月25日(水)18時30分~20時30分(受付18時~)

(会場)ベルクラシック甲府 エリザベート(甲府市丸の内1‐1‐17)

【北海道】

(日時)11月27日(金)13時30分~15時30分(受付13時~)

(会場)ホテルポールスター札幌 ポールスターホール(札幌市中央区北4条西6丁目)


牧内昇平『過労死: その仕事、命より大切ですか』(ポプラ社・2019年3月)

じっと待つ

 ある休日の昼どき、うちで子ども(9歳)が唐突に話し始めたことです。

「友だちで、しゃべろうとすると声が出づらくなるっていうか、急に言葉を忘れたみたいに、しゃべれなくなっちゃう子がいるんだよ」

 毎日毎日、その日あった出来事を寝るまで語り続けるようなわが子から初めて聞く話だったので少し驚きましたが、状況はなんとなく呑み込めました。

 それと同時にぎゅうっと、私自身の心が締め付けられるような気がしました。急に心細くなり、そこから逃げ出したいような思いに駆られたのです。それがどういうことなのか、すぐにはわかりませんでしたが、あとから考えると私はその時、子どものお友だちに感情移入していたのだと思います。

 というのも、私自身が人との会話に不安を抱えているからです。

 私は人と話すことを苦手に思っています。

 昔から引っ込み思案なところはありましたが、いくつかのショッキングなできごとで心身に傷を負って以来、人と会って話すことにとても臆病になってしまいました。

 もう誰かの言動に傷つけられたくないという気持ちと、自分の言動で誰かを傷つけたくもないという気持ちが張りつめると、やがて言葉をやり取りすること自体が、とても怖くなりました。そのうち咄嗟の会話に反応できなくなり、そのコンプレックスから、人と会うことも難しい時期がありました。

 けれどそれは一方で、私がどうにかして乗り越えたいことでもありました。家族や友人に支えてもらいながら今は少しずつ、人と話すこと、人に心を開いていくということを、取り戻そうとしている最中です。

 そうしたこともあったからか、私は子どもから聞いたお友だちのことを、自分自身のことのように感じていました。私はそのお友だちのことを、詳しくは何も知りません。症状はもちろん、置かれている環境も背景も、その子と私とではきっと、まるで違っているでしょう。

 けれど、言葉が思い通りに出てこないということには、私も何年もの間苦しんできました。子どもから聞いたお友だちの姿のなかにもがいている自分を見るようで、息苦しくなったのだと思います。 


 私が呆然としていると、昼食を作っていたウネリがほとんど間を置かず、子どもにこう尋ねていました。

「で、君は話しかけられた時どうしてるの?」

 私はふたりのやり取りを、とても緊張して聞いていました。でも子どものほうも間を置かず、ごくあっさりと

「え?待ってるよ」

と答えました。それを聞いたウネリはまたすぐに

「それでいいんだ」「じっと待つんだ」

と言いました。

 それは、目の前の子どもに言い聞かせているのではなく、どこか遠くへ静かに吐き出された、ひとり言や深いため息のように聴こえる言葉でした。子どもは心なしか、少しすっきりしたような顔をしていました。

「待っているうちに、休み時間が終わっちゃうこともあるんだ」

「いいんだよ。その時間がすごく大事な時間なんだから。いつまででも、待つんだ」


 

 会話を聞きながら感じていた緊張が、ゆっくりとほぐれ始めていくのがわかりました。子どもはもうすっかり、弟たちとの遊びの輪の中に戻っています。

 いつも待っていてくれてありがとう。私も君たちを、ほかの誰かを、待つことのできる人になりたい。

 子どものお友だちにも言わせてほしい。こうして私たちに話しかけてきてくれて、本当にありがとうと。

これってハラスメントでは?「日本学術会議事件」2

 また日本学術会議事件についてです。

 新聞やテレビを眺めていると、なんとなく政権と学者たちとの「対立」とか、「攻防」とかいう印象をもつかもしれません。

 政治家と大学教授。偉い人たち同士が対等な立場でけんかしたり、論争したりしているイメージです。

 そうすると、分厚い本に囲まれて暮らしている教授たちよりも、パンケーキが好きなおじさんの方に親しみを感じる人もいるのかもしれません。(私だって、日曜の朝には家族でホットケーキを焼いたり、フレンチトーストを作ったりします。)

 でも、本当は少し違うと思うのです。

これは、“横綱同士ががっぷり四つで組んだ相撲”とは似て非なるもの。

近いものを探せば、

“上司が部下に対して行う、一方的なハラスメント”

だと思います。

  • 推薦リストに入れた新会員を任命しない。
  • 任命を拒む理由も説明しない。
  • 「おかしい」と声を上げたら、こんどは行革の対象に入れて「会議のあり方自体を見直す」などと、恫喝される。

 明らかに悪意のこもった対応をしているのに、何が理由なのかを教えない。「そこはお前たちで考えろ」という感じです。

 似たようなことが、あなたの周りで起きていないですか?

 職場でこのような経験がある人は、いないでしょうか?

  • 上司にレポートを提出したら、破り捨てられた。
  • レポートのどこが悪いのか、指摘してもらえない。
  • 聞きに行ったら、「なんでも聞こうとするな!」と叱られた。

もしくは、家庭でこんなことはないですか?

  • 帰宅した夫がむっつりと不機嫌な様子で晩御飯を食べている。
  • 職場で嫌なことがあったのか、おかずが不満なのか、話してもらえない。
  • おずおず聞いてみると、「なんでもないよ!」となぜか怒られた。

 ハラスメントを受けると、人は混乱します。

 まずは「嫌だな」と感じます。でも、「これだけ嫌なことをされるのは何か理由があるはずだ」と考えます。

 しかし、その理由が教えてもらえません。

 しょうがないので、自分で考えることになりますが、すると「私の何かが相手を怒らせたらしい」と、自分の“悪いところ”探しをせざるを得なくなってきます。

 そして自分の考えつく“悪いところ”を「なんとなく」見つけると、今度はそれを必死で直そうとします。それが自分の好みや個性だったとしても、です。

 “自分の気持ち”を無視して、“相手の気持ち”に沿うように振舞うようになるのです。

 それでも相手から攻撃を受け続けたら、「これは当然の報いだ。“悪いところ”を直せなかった自分が悪い」と思い込むようにまでなってきます。

 もしくは、自分が受けたハラスメント自体を、自分の中で「なかったこと」にすることもあります。

 「嫌だな」と思う“自分の気持ち”を封じ、なんの痛痒も感じずにこちらを攻撃する“相手の気持ち”に同化することで、れっきとしたハラスメントを「嫌だ」と感じないようにするのです。

 どういう行動をとっても、結果は同じです。

いつのまにか、心の中には“相手の気持ち”しかなくなってきます。

 そうやって徐々に心を乗っ取られていくのです。


 私には今回の日本学術会議事件が、政権によるハラスメントに見えます。

 公然と嫌がらせをしながら、一方的にコミュニケーションを遮断する――。それは対等な関係に立った「対立」や「けんか」などではなく、ハラスメントだと思うのです。

【一部加筆】とても心配なこと―「日本学術会議事件」

菅首相による任命拒否はすべての人にかかわる「事件」

 菅首相が、日本学術会議の新会員6人の任命を拒否する、という「事件」が起きました。

 この事件をめぐっては今、「学問の自由の侵害だ!」という抗議の声が、学者たちを中心に上がっています。

 こうしたことから、このことを「学者や政治家たちの“内輪”での問題」、「偉い人たち同士の人事上のいざこざ」と冷ややかに見ている人もいるかもしれません。

 しかしここで言う「学問の自由」とは、「偉い学者先生が自分の好きな研究をする自由」ではありません。「勉強で得た知識や経験をもとに、政治や社会にものを言う自由」のことです。

 その意味で今回のことは、すべての人たちに関わるかなり重要な問題だと思っています。なので、ここではあえて「事件」ということにしました。

 私はこの事件の行く末を本当に心配していて、その心配を多くの人たちと共有したいと思い、この文章を書いています。

日本学術会議の役割

 「日本学術会議」とは、要するに国内の学者たちの集まりです。会員のほとんど全員が大学の「教授」や「学長」です。では、この団体の役割はなんなのか。ざっくりいうと

ときの政府がものごとを決めていくのに対し、「ちょっと待って、学者たちはこう考えるよ」とか、「こんな問題が埋もれているのでは?」などと、声を上げること

だと、私は考えています。

 日本学術会議はこれまで、政府に対してさまざまなかたちで意見を表明しています。近年の例をいくつか紹介すると、

  ・「同意のない性交」を罰するための法律の整備について

  ・性的マイノリティ、特にトランスジェンダーの権利保障について

  ・大学入試における英語試験のあり方について

といったものがあります。どれも、いろんな考え方の人がいる問題です。

 もちろん私自身、これまで日本学術会議が出してきたすべての提言や声明に「賛成」というわけではありません。ただ、ふだん埋もれてしまいがちな問題や、政府が拙速に決めようとしている問題に対し、学者たちが「これはもっとじっくり腰をすえて考えるべき問題ですよ」と意見を示すことの意義は大きいと思います。

 近年特に注目を集めたのは、軍事目的の研究に関する声明文でした。※詳細はこちら「軍事的安全保障研究に関する声明」2017年3月24日日本学術会議HPより)

 防衛省が装備開発のための研究に金を出す動きに対して、日本学術会議は「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と指摘しました。

 政府や世の中が「これでいくぞ!」と勇んで突き進もうとしているときに、学問の見地からきちんとブレーキをかけること。それがこの団体に期待されていることなのだと考えます。

日本学術会議は、社会にとっての「ATS」

 日本学術会議の一部の新会員を菅首相が任命拒否したという「事件」を知り、私はふと、2005年に起きたJR福知山線の脱線事故のことを思い出しました。

 たくさんの乗客を運ぶ列車が、急なカーブに時速100キロ超で侵入し、脱線。100人以上の犠牲者を出してしまったという、本当に痛ましい出来事でした。

 この事故の原因の一つに、カーブに入る時の速度を制限する最新鋭の「自動列車停止装置」(ATS-P)の整備が遅れていた、ということがありました。

 安全対策を先送りにしたJR西日本が強く非難されるべきなのは当然ですが、同時に私はこうも考えてしまいます。

 JR西日本にATSの整備を急がせなかったのは、私たち社会のほうではないのかと。

 福知山線の過密ダイヤは、私鉄各社との競争で作り上げられました。その競争の恩恵を受けてきたのは乗客、私たち一般市民です。もっとスピーディーに、しかも定時運行で、というのは確かに「便利」です。しかしその便利さを猛スピードで追求してきた結果、私たちはとても大きな代償を払わなければなりませんでした

 私は、日本学術会議やそこに連なる学者たちは、社会にとっての「ATS」ではないだろうかと考えています。日本社会という列車が高速で突き進もうとしている時に、「スピードを落として考えることがあるのでは」とアドバイスをする役割です。

 社会の先導役とも言える菅首相が、これからやっていくことその一つひとつが正しいか正しくないかに関わらず、重要な物事を決めていく際には、適宜ブレーキをかけながら進めていかなければならないはずです。

 仮にそれが「正しい方向」へ向かっているように見える事柄だとしても、同じことです。社会のものごとには鉄道と違って、線路さえありません。正しい方向と思ってハイスピードで進んでいった先に、いきなり急カーブが出現するかもしれない

 そうした急カーブの出現を予想し、注意喚起する役割を担っているのが、学者たちであり、日本学術会議だと思うのです。

気に食わない学者の締め出しは「ブレーキ装置の弱体化」につながる

 菅首相は今回、自分の気に食わない学者を、学術会議から締め出そうとしています。列車の運行者である首相が、運行に都合のいいように、ブレーキ装置を弱体化させようとしている。それが今回の「事件」の本質だと思います。

 そう考えてみると、どうでしょうか。「いまの政権は悪くない」と思っている人も、何かあったときに「ブレーキ装置」が機能しなくなったら怖いと感じませんか?予想もつかないような事故を少しでも未然に防ぐため、ブレーキまわりはしっかり装備していたいと思いませんか?

 私はブレーキが作動しない社会に生きるのを、とても怖いと感じます。これは、世の中で起こり得る重大な脱線事故を防ぐための「ブレーキ装置」を必要と思うかどうかという、すべての人たちに関わる重要な「事件」だと思うのです。冒頭にも書いた通り、一部の学者や政治家たちの問題とは到底いえません。

 この「事件」をすごく心配しています。そのことを一人でも多くの人と共有したい、一緒に考えさせてもらいたいと思って、書きました。

「賠償エリア」広げる判決内容/「生業訴訟」仙台高裁

 原発事故の集団訴訟で「国の責任」と並ぶ大きなポイントとなるのが、原告たちへの「賠償水準」です。特に生業訴訟で注目されているのが、「賠償エリア」の問題でした。

 この訴訟の原告団は、福島、宮城、茨城、栃木の4県に住んでいた人が集まっています。この中には、国の賠償基準(中間指針)や東電の自主賠償基準では対象外の地域もあります。これらの地域に対して、裁判所が「賠償エリア」を広げるかが注目されていたのです。

 この点についても仙台高裁は、原告団の訴えを一審以上に認める判断をしました。

 具体的には、福島県内でも新潟に近い内陸部の「会津地域」、また、宮城県内、栃木県内の地域でも、原告の一部(子どもと妊婦のみ)に対して慰謝料として数万円を支払うべきだと認定しました。

 たとえ、慰謝料の金額は少なくても、これはとても大きなことです。震災当時首都圏に住んでいた私でも、原発事故による放射能汚染の不安はありました。これが福島県内の会津や福島に隣接する宮城の人々であれば、その不安はいかばかりかと想像します。そうした人たちが、これまでは「事故と無関係の人」とされてきたのです。

 たとえ少額でも慰謝料が認められるということは、「事故の被害者」と認められた、ということです。ご本人たちにとって天と地ほどの違いだと思います。

2020年9月30日 牧内昇平撮影

「生業訴訟」判決 東電と国に「法的責任」(仙台高裁)

 昨日このブログで紹介した福島第一原発事故の集団訴訟、いわゆる「生業訴訟」について、つい先ほど仙台高裁の判決が言い渡されました。詳細は後ほどになりますが、現時点でわかっていることをお伝えします。

東電と国に「法的責任

 一審の福島地裁判決に引き続き、原発事故についての東電と国の「法的責任」が認められました。

 これが最重要ポイントだと思います。

 東電だけでなく、国も原発事故の「加害者」だと認められたことになります。

 同じ種類の訴訟は全国で行われていますが、高裁レベルで国の責任について判断が下されるのは今回が初めてです。しかも「生業訴訟」は原告の数が4千人近くにのぼる、全国最大規模の訴訟です。後に続く訴訟にも大きな影響を及ぼすことでしょう。

 作日書いたように、事故の被害を受けた住民たちへの賠償の基準は国と東電が作ったものです。その両方が事故の加害者だとしたら、今の賠償基準をフェアなものとして受け止めていいのだろうかという話になります。

 さらに今後、国の責任を認める判決が積み重なれば、今後の原発政策は大丈夫なのか、という話にもなります。私は前から「原発はなくすべきだ」と思っていますが、中立的な考えの人たちの中にも「ヤバいんじゃないの?」と思う人たちが出てくるのではないでしょうか。政府はいまだに原発を「ベースロード電源」と位置付けていますが、その政策に変更を迫るきっかけの一つになるかもしれません。

 原発事故の集団訴訟で「国の責任」と並ぶ大きなポイントとなるのが、原告たちへの「賠償水準」ですが、この点も大きな前進があったようです。詳細はまた後ほど更新します。

2020年9月30日 牧内昇平撮影

 

原告団が最大規模の原発事故集団訴訟

明日、判決

 明日9月30日、仙台高裁でとても重要な裁判の判決が言い渡されます。

 「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟」(生業訴訟)です。

 事故の損害賠償をめぐる集団訴訟は全国約30カ所の裁判所で行われていますが、この生業訴訟は原告の数が3000人を超えるという、最大規模の裁判になります。

 とても重要なことなので、まだ福島で活動を始めたばかり、右も左も分からない状態ではありますが、判決の日は私も取材させてもらう予定です。そこで今回は、にわか勉強ながら、この訴訟のポイントについて書いてみようと思います。

生業訴訟とは

 まず、この訴訟をおおまかに説明します。

●原告 福島、宮城、茨城、栃木の住民ら3000人超

●被告 国と東電

●請求内容 

 ①放射性物質に汚染された土地を元に戻すこと(原状回復)

 ②震災後、平穏な日々を奪われたことへの慰謝料(平穏生活権侵害)

 ③強制避難させられた人が、これまでの生活や地域との関わりのすべてを奪われたことへの慰謝料(「ふるさと喪失」)

●一審、福島地裁判決(2017年10月)の内容

 福島地裁(金澤秀樹裁判長)は原発事故について、国の法的責任や東電の過失責任を認定。そのうえで、原告の請求のうち①と③は退けたものの、②については認め、合計約5億円の賠償を命じた。

控訴審判決のポイント

 控訴審判決のいちばん大きいポイントは何かというと、

 「一審判決に引き続き、国の責任を認めるかどうか」です。

 同種の裁判はたくさん開かれていますが、実は国の責任をめぐっては、その勝敗がちょうどトントンの状態です。


●「国の責任あり」とした地裁判決

前橋 2017年3月
福島 2017年10月
     ※今回の訴訟
京都 2018年3月
東京 2018年3月
横浜 2019年2月
松山 2019年3月
札幌 2020年3月

●「国の責任なし」とした地裁判決

千葉2017年9月
千葉第二陣2019年3月
名古屋2019年8月
山形2019年12月
福岡2020年6月
仙台2020年8月

 7対6。若干、国の責任を認めた判決が多い、という印象です。

 しかし懸念材料もあります。上の表をよく見ると、2019年以降は3対5と、住民側が負け越しているのです。特に最近は福岡、仙台で連敗しています。この流れがいかに影響するかが気になります。

 上にあげた13件はすべて一審、地裁段階での判決でした。控訴審、高裁段階で国の責任の有無への判断が示されるのは、今回が初めてです。だから重要なのです。

 生業訴訟の控訴審判決は、原発事故への国の責任をめぐる司法判断の流れを決める可能性があります。上に挙げた千葉、前橋の裁判も来年に控訴審(東京高裁)判決が予定されていますが、この二つの裁判の原告弁護団は、実は今回の生業訴訟の弁護団とスクラムを組んでいます。生業訴訟の勝敗は、続く2件の訴訟の帰趨を占う意味でも、とても大切になります。

国の責任が認められたら

 では、国の責任が認められるとどうなるか。

(ここからは原発事故の賠償問題に詳しい除本理史・大阪市立大学教授の著書で学んだ内容ですが、もちろん文章上の責任はすべて私にあります。)

 おさらいになりますが、現在国は、福島原発事故を未然に防げなかった法的責任を認めていません。国が認めているのは「社会的責任」です。

福島復興再生特別措置法第1条

 この法律は、原子力災害により深刻かつ多大な被害を受けた福島の復興及び再生が、その置かれた特殊な諸事情とこれまで原子力政策を推進してきたことに伴う国の社会的な責任を踏まえて行われるべきものであることに鑑み、(中略)東日本大震災からの復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生に資することを目的とする。

 これをかみくだくと、こんな感じでしょうか?

【自分たち(国)が悪かったわけじゃないけど、原子力政策を進めてきた手前、事故にも対処しなければいけないな】

 しかし、「法的責任」が裁判所に認められれば、事態は変わります。

 法的責任があるということは、国が原発事故の「加害者」だということです。そうなれば、原発事故への対応は、「行政府の社会的責任としてやらなければいけないこと」というレベルではなく、「加害者としての責任をかみしめながら被害者に対して行う“償い”」というレベルになります。

 当然、その真剣味について、再考を迫られることになるでしょう。

「中間指針」の見直しへ

 まず見直すべきは、被害者への賠償スキームです。これまで実施されてきた事故被害者への賠償基準は、以下のような流れでつくられました。

 国の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)が「中間指針」を策定

    ↓

 「中間指針」に基づき、東電が自主的基準を作成

    ↓

 東電が窓口を設け、被害者から賠償申し込みを受け付ける

 つまり、賠償スキームのおおもとを決めたのは、国です。その国が、実は「加害者」であるということになれば、どうなるか。当然、加害者たちだけで作り上げた基準を、どうして受け入れなければならないのかという話になります。被害者である住民側代表などもメンバーに加えたうえで、原賠審をやり直し、中間指針の見直しに取り組むのが当然のスジというものでしょう。

 ですが最近、こんな記事が地元紙・福島民友に載りました。

中間指針見直し当面不要 原賠審

 「原子力損害賠償紛争審査会は24日、オンラインで会合を開き、市町村などが要望する中間指針の見直しについて、当面は不要との見解を示した……」

 「当面は」と書いてありますが、いや、あり得ない。高齢の住民もいます。時間は限られているので、少なくとも生業訴訟の控訴審判決が出たら、すぐにでも見直しに取り組む必要があると思います。

除染などの政策にも影響か

 損害賠償だけでなく、除染などの政策にも「国の法的責任」は影響してくると思います。

 政府は2021年度からの5年間で、復興拠点外の帰還困難区域への対応には約1千億円の予算しか確保していません

 これでいいのでしょうか?

 現時点で復興拠点に入っていない地域は、除染するかどうか等の方針が決まっていません。国は費用対効果の問題を考えているのだと思います。もし国に「行政府としての社会的責任」しかないとしたら、除染などの費用と他の事業にかかるお金とを天秤にかけることができるかもしれません。しかし、国が事故の損害を「償う」立場だとしたら、どうなるでしょうか?

 最優先事項として予算を投入すべきではないでしょうか。

 駆け足になりましたが、以上が「国の責任」についての今回の裁判のポイントです。もちろん、原告たちへの損害賠償額が上積みされるかも重要なポイントになります。

 明日仙台高裁で判決が言い渡される生業訴訟は、3千人超の原告たちだけでなく、原告に加わっていない事故被害者の皆さんも含めた多くの方々に影響をおよぼすと私は思います。

 どんな判決になるか、注視したいと思います。

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