原発事故被害救済へ、裁判の原告たちが国会に集結

 原発事故を起こした「国の法的責任」を追及する集団訴訟4事件の最高裁判決は、6月17日に言い渡される。ただし原告たちはすでに「勝訴後」を見すえ、動き出している。5月31日には合計約50人の原告や弁護士たちが国会の議員会館に集合。手分けして150人以上の議員を訪ね、原発事故被害の救済を求める要請書を渡した。

 勝訴は確実。判決後に国や社会を動かせるかが勝負――。11年間原発事故に苦しんできた人びとと共に国会議員会館を歩いた。(ウネリウネラ・牧内昇平)


「我々は必ず勝ちます」

「最高裁で、我々は必ず勝ちます。必ず勝ちますから、その時には国会議員の皆さまのお力が必要です!」

 生業訴訟の中島孝原告団長が、与党の国会議員秘書に力強く語り、手元に用意していた要請文を渡した。

「要請文」
 国はこれまで原発事故について、法的責任を伴わない、社会的な責任という立場を取ってきました。最高裁が国の法的責任を認めた場合、これまでの国の姿勢は見直され、改めて法的責任を伴った形での施策が求められることになります。私たちは勝訴判決が出るとの確信のもと、下記の事項を要請いたします。
1最高裁判決後の報告集会にご参加いただき、原告団を激励してください。
2原発被害者訴訟全国連絡会は共同要求をとりまとめ、その実現を目指しています。ぜひご協力ください。


全国から原告たちが集合

 東京都千代田区永田町。国会から道を挟んだ土地には首相官邸のほか、衆参両院の国会議員たちが使う「議員会館」がある。衆議院議員向けに2棟、参議院向けに1棟の高層ビルが建つ。最高裁判決を目前に控えた5月31日、原発事故訴訟の原告たちは一日かけて、この議員会館の中をぐるぐると歩き回った。

 要請活動を行ったのは「原発被害者訴訟全国連絡会」。生業訴訟のほか、全国各地で訴訟を起こした原告団、弁護団が加わっている。この日は17日に判決が言い渡される4事件(生業、群馬、千葉、愛媛)のほか、神奈川、九州、東京、愛知・岐阜、いわきからも原告が参加した。「ふるさとを返せ!」と訴える津島訴訟からも参加。弁護士も加えると総勢50人超の”大要請団”である。

 当日の朝、集合場所として用意された会議室は、準備で大わらわの状態になった。「皆さん、よーく聞いてくださいね!」。要請活動の全体を仕切る馬奈木厳太郎弁護士(生業訴訟弁護団)が大きな声を出す。

 なにしろ参加メンバーを15班に分け、一日で150人超の議員を回ってしまおうというのだ。国会議員の部屋を訪問するには、複雑な手順が必要だ。事前のアポ入れはもちろんのこと、議員会館の入り口で手荷物検査を受け、受付で訪問理由を書いた紙を渡す必要がある。集まった原告たちの中には「議員会館に初めて来た」という人もいる。馬奈木氏と服部崇氏(生業訴訟原告団事務局次長)がこの日の手順を説明する。

「皆さん、いいですか。訪問先のリストは各班の班長さんが持っています。各班の中には初対面の人も多いと思います。出発前に自己紹介しておいてください」

「議員さんや秘書さんは忙しいと思います。中には、はいはいはい、と言って1分くらいで追い返そうとする秘書もいるでしょう。そこからが勝負だと思ってください。『メモをとらなくていいんですか?』などと言って、3分、5分と粘ってみてください」

「それでは、各班で準備が終わり次第、出発してください!」

要請前の準備にとりかかる原告たち=東京都千代田区、牧内昇平撮影

ひたすら議員を回る

 筆者が同行した7班は、生業訴訟原告団の中島孝団長(福島県相馬市)、同じく生業訴訟原告の男性(伊達市)、千葉訴訟の瀬尾誠氏の3人だった。

「えーと、おれたちはまず4階からだな」。訪問先のリストに目を通しながら中島氏が話す。各班十数人の議員を回るようになっている。衆議院議員の数は465人。参議院は245人(欠員3人含む)。当然全員は回れない。各政党の幹部のほか、原発問題と関係する委員会の所属議員に絞ってリストを作った。原子力問題調査特別委員会、東日本大震災復興特別委員会、予算委員会がターゲットだ。

 議員会館は大学の研究室のように、各議員の個室が並んでいる。インターホンを鳴らし、「ごめんくださーい」と声をかけると、議員の秘書がドアを開ける。そこで訪問の目的を告げ、「できれば議員本人に会いたい」と告げる。実際は議員本人が部屋にいることは少なく、秘書が代わりに要請書を受け取ることが多かった。「原発事故の訴訟」と聞いただけで、「これは難しいと思います」と文書の受けとり自体を拒む与党議員の秘書もいた。

 午前に回った6人の国会議員の部屋はいずれも手応えなし。秘書もおらず、文書をポストに投函するのみに終わるケースもあった。やっぱり聞く耳は持たれないのか……。

 しかし、地道に足で回る活動は午後になって少しずつ成果が見えてくる。

 ある与党議員の部屋では応対した秘書が中島氏の話に関心を示し、20分ほど話し込むこともあった。

秘書「国会議員も裁判が続いている限りは迂闊には動けないというところがあります。そういう意味では、最高裁判決は大きな契機になると思います」

中島「ありがとうございます。私たち全国連は勝訴を確信しております。そして判決後に求めるものとして、共同要求を作っております。これに関しては法制度などが必要になりますので、ぜひ国会議員の皆さんのお力をお借りしたい」

秘書「分かりました。本人に伝えておきます。原発については与党にもいろいろな考えの議員がおりますが、困っている人を助けるのが政治の役目と考えております」

 また、ある閣僚経験者の部屋では、秘書と粘って話している最中に部屋の奥から議員本人が出てきた。

中島「おっ、これはこれは! 実は17日に最高裁の判決がありまして」

議員「そうですか。分かりました。すみません。わたしは今時間がありませんが……(秘書に向かって)ちゃんとお聞きしておくように!」

 7班が回った十数人の国会議員のうち、議員本人が直接面談の時間をとったのは野党議員1人だけだった。


要請の成果は?

 午後3時。要請を終えた全15班は会議室に戻り、報告会を行った。班ごとにその日の結果と感想を伝えた。

「●●議員の秘書さんには、会うことすらも拒否されました!」と悔しさを語る人がいた。

「多くの秘書さんが、こちらが話をし始めると、少しずつ後ずさりしていく感じで……」

「みんな、17日に判決があることすら知らない。とても残念でした」

 どの班も、苦戦しつつも原発事故の問題を議員たちにアピールしようと駆け回ったことがうかがえる報告会だった。

「立って話を聞こうとする人は、だいたい聞く気がないようです。でも、議員4人ほどのところで部屋に入れてくれて、応接間で話をさせてもらいました。」

「お話しできるところでは、思いを伝えてきました。議員ご本人が出てきてくれました!」

 最後、生業訴訟の馬奈木厳太郎弁護士が「議員要請は一日で終わるというものではありません。判決後も要請を続けないといけない。これから2回、3回と続ける必要があります」とまとめて、この日の要請行動は終わった。


全国の原告団による「共同要求」

 要請行動の約2週間前の5月16日、原発被害者訴訟原告団全国連絡会は、22団体の「共同要求」を作った。

「原発事故被害者の救済に関する共同要求」
1 国と東京電力は、最高裁判所判決によって違法と確定された安全対策の怠りについて、これを受け入れ深く自省すること。この自省をふまえ、加害責任を負う者として、福島県内外、避難指示区域の内外、居住・避難・帰還の選択を問わず、すべての被害者に対して真摯に謝罪すること。

 要求は9項目まで続く。「被害実態に即した十分な賠償を行うこと」「放射線被曝の危険性をふまえた健康診断や医療費の無償化」「土壌汚染の実態の調査・公表」「国民の理解なしに汚染水を海洋放出しないこと」などである。

 ひとことで「原発事故被害者」と言っても、ひとり一人の被害や置かれた状況はそれぞれ違う。訴訟の中でも、原告の多くが福島県に残っている訴訟もあれば、避難者たちが中心になっている訴訟も多い。立場が異なる原告たちが議論を重ねて作りあげた共同要求だと関係者は話す。 

 判決文が勝手に歩きだして政治や社会を変えてくれるわけではない。自分たちで行動を起こすしかない――。全国の原告たちの歩みは続く。

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